……リリリリ……

「…ん…」

ジリリリリ……

ウルサい…

ジリリリリリリリリ

なんで目覚まし鳴ってるんだ…
…………
あぁ、自分で設定したんだ…

中途半端に覚醒した思考で目覚まし時計が鳴っている理由を考えてみる。
何かあるから目覚ましを設定するわけで、つまるところ今日何かあるということだ。
…………
なんだっけ…?

ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ

そうやって無駄な思考で時間を潰している間にも目覚ましは鳴り続けているわけで、どれだけゆっくりしようとしても気分が優れることはない。
どうやら目覚ましを止めるくらいしなければこのイライラは収まらないらしい。

ハァ…
起きるか…

観念してもぞもぞと腕を伸ばし、目覚ましを掴む。

ジリリリリリリリン――――

今何時だろう…
メガネメガネ…

目覚まし時計を止めた体勢のまま、腕だけを伸ばして眼鏡を探す。
目覚ましの隣にある冷たい感覚のそれを探り当て、気怠い動作でそれをかける。
ここまでの動作で動かしたのは右腕だけという徹底ぶりだ。
仰向けのまま横目に時計を見やる。

…………

12時50分…

「あー…」
っと…確か今日1時からテストあったなぁ…

…………

完全に遅刻だな…
でも行かないと…

今まで2年半、成績優秀で学年首位をキープして特待生になり、学費免除を受けてきた。
テストを欠席して単位落とすとか、そんなことしたら面目が立たない。

…………

メンドクサイ…

…………

ハァ…

ようやく意を決して勢いよく上半身を起こす。
でも勢いがあるのはそこまで。
そこからはまた気怠い動作でもぞもぞとベッドから這い降りる。

サイフ、ケータイ、家の鍵、あとカバンに筆箱っと…。
あ、あと学生証持ってかなきゃ。

適当に身支度をして家を出る。
いつも寝るときは私服なので、すぐ家を出ることができる。
大学の友人からは無精者と言われるが…。

私の家は学校から自転車で10分の距離にある安アパートである。
でも、安い割には造りがしっかりしていてかなり住みやすい。
隣の部屋や上の階の音も完全に遮断してくれる。
多分震度5強位の地震でも耐えられるんじゃないだろうか。
我ながらいい物件を見つけたものだ。

さて、少しゆっくりしすぎたかな…。
ちょうどテストが始まったところだろう。
ちょっと急いで、いっぱいいっぱい感をアピールしてみようかな。
意味ないけど。

家の鍵を閉め、玄関の前に停めてある人力駆動の愛車にまたがり学校を目指す。
気分はあまりよろしくない。
テスト勉強なんてしてないし、何より遅刻して教室に入ったときのあの責められるような空気が嫌だ。
想像しただけで胃が痛くなる。
まぁ今更そんなこと考えてもしょうがない…。
なってしまったものはどうにもならないし、入ってしまえばどうにでもなる。

「すぅ…ふっ…!」

気を取り直して、ペダルに込める力を強くする。



―東方魔解析(仮)―



カリカリカリ……

静寂に包まれた講堂にペンを走らせる音だけが響く。

カリカリカリカリカリ……

紙に綴られた質問に、自分の記憶と適当な理屈を並べた答えを黙々と書き綴る。

カリ…………

「……ん…?」

いくつかの質問に答えた後、私の持つペンが止まった。

この問題…知らない…。
教科書にも載ってなかったし…。
サボったときに先生が言ったのか、メンドクサイな…。

私が教室に入ったとき当然テストは始まっていて、私は前のほうの空いてる席に座らされた。
当然カンニングなんかできるわけがない。
でも今さら単位を落としたくはない。
今回のテスト…結構授業中に先生が言ったことの割合が高い。
参ったな、この授業あんまり出てなかったからほとんどわからない…。

仕方ない…使うか。

「…………」

身の周りの物に意識を集中する。
ペン、机、椅子、触れているモノに”氣”を通す。
さらに、それらに触れているモノにも”氣”を通す。
原始レベルでそれらの構成を認識し、構造を「視る」。
そして、隣の人の答案用紙と、それに付着した黒鉛やインク等の構造からそこに何が書いてあるのかを把握する。

普通は前に座るのは嫌だと思うが、私にとっては好都合だ。
前に座るのは頭がいい奴と相場が決まってる。
今回もご多分に漏れず、マジメな奴だったようだ。
もう全て回答して問題用紙を裏返している。
まぁ私にとっては裏返そうが関係ないわけで、ありがたく答案を写させてもらう。

カリカリカリ……

カリカリカリカリカリ……

カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ…………

「……そこまで。鉛筆を置いて答案用紙を提出しなさい。」

…危なかった、もう少しで書き終わらないところだった…。
これだから論述問題は…ってか隣の奴、書きすぎ…。

「ふぅ…」

なんにせよこれで期末テストは全て終わり、明日から夏休みだ。
積んであるゲームやろう。

「おーい柴鶴ー!」

そそくさと帰り支度を済ませて席を立ったとき、後ろの方から呼び止められた。
振り返ると、そこにはウェーブがかかったセミロングの茶髪が綺麗な、少し背の低い女性がいた。

「ん、梨紗か。」
「テストどうだったー?私ボロボロすぎて泣けてきたぜー…。」
「まぁ、私は大丈夫だと思うけど…。」
「あー…お前に聞いた私がバカだった…。学年首位のお前に訊いてもそれしか返ってこないわな…。まーいーや、それよりこれから暇か?飯食いにいこうぜ。ついでにゲーセンも。」
「ゲーセン行くついでにご飯の間違いでしょ?」
「ははっ、そうとも言う。」
「いいよ、今日は何やる?まぁ何やっても私が勝つけど。」
「お、言うじゃねーか。今日は私が勝つ日だぜ?」
「なんで?」
「そういう夢を見た。」
「…あんたそれいつも言ってない?」
「気のせいなのぜ。」

この男口調の友人は間宮梨紗(まみやりさ)。私の数少ない友人の一人である。
高校の時からの付き合いで、始めはこんなちゃらんぽらんな奴とは関わりたくないと思っていたが、ゲーセンで格ゲーをやっていたら乱入されたので倒したら付きまとわれた。
それからゲームの話題で意気投合し、何故か今まで付き合いが続いてしまっている。
人生わからないものだ。
因みに私より無精者である。

「まぁいいわ。で、何やるの?格ゲー?音ゲー?」
「なんだ、忘れたのか?今日はカオステの稼働日だぜ?」
「あー、そういえば今日だったっけ。」

カオステ…カオスステージ。
脳波を測定し、これによってキャラクターを操作する、今までにない超感覚的シミュレーションゲームだ。
所謂バーチャルリアリティの技術を応用したゲームで、いろいろなゲームが楽しめる。
例えば、本格的格闘シミュレーション、ガンシューティング、ダンジョンゲーム、果ては主観弾幕シューティングまで…。
とにかくその名の通り、混沌としているのである。

「でもあれってかなり注目されてたからすぐにはできないんじゃない?」

カオステはその今までにないインターフェイスから、いろいろな方面から注目されていた。
とても今から行ったんじゃできるものもできないのではないか?

「ふふふ…聞いて驚け、今日の朝並んで整理券をGETしてきたぜ!!」
「…そんなだからテストボロボロなんじゃないの?」
「そこは気にしたら負けなのぜ。」
「…まぁいいけど。で、私の分もあるの?」
「おう、兄貴に頼んでもう一枚手に入れてあるから安心だぜ。」
「そう、じゃあありがたく使わせてもらうわ。」
「おっとタダではやらないぜ?」
「…予想はしてたけどね。で、何がお望み?」
「今日の飯代とあの店のケーキ。」

あの店…駅前のお菓子屋さんか。
ケーキだけでなく洋菓子から和菓子まで、お菓子と分類される物なら何でも置いてある店で、かなりの人気店である。
それでいて値段は割りと良心的なのでついつい買ってしまう。

「あんたほんとあの店のケーキ好きね…。それでいて太らないから羨ましいわ。」
「太ったのか?」
「…………。」
「くくっ…なんだ図星か?」
「…ウルサい黙れ。」
「まーそんな怒んなよ、私はむしろいいと思うぜ?前より女らしくなった。」
「…そういうこと言うから女の子からのラブレターが絶えないってわかってる?」
「わかってるよ。毎回おいしく頂いてるぜ。」
「…あんたが男じゃなくてよかったわ…。いや、あんま変わんないか…?」

そうこうしている内にゲーセンに着いた。
凄まじい量の自転車が停まっていて、それだけでカオステの混みっぷりが窺える。

「…これは予想以上に…。」
「そうか?こんなもんだろ。行こうぜ。」

自動ドアをくぐり、店の奥へ進む。
すると、開けたスペースに人集りができているのが見えた。

「アレ?」
「おう、アレだぜ。順番いつくるか訊いてくるわ。ついでにエントリーカードも買ってくるぜ。」
「ん、よろしく。」

カオステの筐体の周りには大量のギャラリーが集まっていて、通路が一本塞がっていた。
そして、それとは別に長蛇の列が形成されている…。
なるほど、この列を見て諦めた人がギャラリーになってるわけか…。

「紫鶴ー、あと30分もしたらできるってよー。」
「ちょうどいい感じね。それまでに操作方法とか見とこうか。」
「そうだな。って言っても中に入ってヘルメットかぶるだけだけどな。あとは指示通りにステージ選択すれば…そこからは感覚に任せてプレイするだけだぜ。」
「どのゲームやる?やっぱり主観といえばガンシューティング?」
「いや、ここは普通じゃないのやろうぜ?弾幕シュー…ストームオブバレットなんてどうよ?」
「いいよ。やってみましょうか。」

筐体のメインモニタを見てみる。
さっきからそれぞれの筐体のプレイ内容が映し出されているようだ。
ガンシューティングや格闘ゲームは、よくある主観のゲームのように見える。
しかしやっぱり弾幕シューティングは…なるほど、これは難しい…。
ガンシューティングに比べて弾速は遅いものの、その密度は比較にならない。
弾幕シューティングと言うだけの事はある。

「お、前の奴終わったみたいだぜ。」
「みたいね。じゃあ行きますか。」
「先に入って待ってるぜ。名前見ればわかるはずだから、さっきのパンフの通りに部屋に入ってきてくれ。」
「了解。」

カプセル状の筐体の中に入り硬貨とエントリーカードを投入、ヘルメットをかぶる。
楽な体勢になり、ゲームとの同期を待つ。
しばらくすると、意識が筐体の中に入っていく…なんとも不思議な感覚だ。
そして、暗い部屋のようなところに通された。
目の前には操作パネルがあり、ゲームが選択できるようになっている。

「えーっと、Storm Of Bullet…っと。それで入る部屋を選択するわけか。梨紗はすぐわかる名前で入るって言ってたけど…って、もしかしてこれ?」

部屋のプレイヤーネームに「魔理沙」と書かれているものがある…。
明らかに狙ってるとしか思えない…。
試しに通信してみる。
画面にアバターが映された。
金髪で片側のもみ上げに三つ編…。
……完全に魔理沙だこれ…。

「よう、こっちは準備できてるぜ。」
「…あんた、それ狙いすぎじゃない?」
「そうか?普通だろ、これくらい。それにまだポイントが無いから小物なしだしな。お前は普段とあんま変わんねーな?」
「ま、いつも通りの方が動きやすいしね。」
「ふーん。まーいーや、じゃあ始めるぜ?」
「OK、いつでもどうぞ。」

決定の効果音と共に今までいた部屋が消え、地面の感覚だけになる。
徐々に視界が戻ってくると、そこは鬱蒼と覆い茂る緑が鮮烈な森林ステージで、正面30メートル程先に梨紗が佇んでいた。

「弾の撃ち方わかるかー?」

弾の撃ち方…なんとなくわかる気がする…。
どうやら必要な知識は筐体から直に伝えられているようだ。
空を飛ぶこともできるらしい。
知らないことを知っているというのは、なかなかどうして妙な感じだ。

「始まるまであと30秒あるから少し肩慣らししようぜー。」
「OKー。」

空に向けて弾を撃ってみる。
手に意識を集中すると、手の前に魔法陣のようなものが現れた。
そして、そこから弾を出すイメージをする。
すると、ゲーム開始前に設定した弾が出た。
なるほど、”力”を使うときの感覚に似ている。
次に、少し空を飛んでみる。
体に意識を集中し、行きたい方向に体を移動させるイメージをする。
すると、イメージした方向に体が動いた。
これは今までにない感覚だが、筐体から送られる知識のおかげであまり違和感はない。

「大丈夫みたいだなー。そろそろ始まるから好きな位置に移動するぜー。」

今現在自由に動けるということは、始まる前に有利な位置に移動することができるということだ。
ここはやっぱり遮蔽物を盾にできる位置を取るのがセオリーだろう。
大きめの木があるところまで移動する。
梨紗は…。

「!?」

どういうことだ…?
一際開けたスペースの真ん中に腕を組んで佇んでいる…。

「5…4…」

そうしている内に、機械的な音声でカウントダウンが始まった。

「3…2…1…」

意識を集中させて、いつでも撃てる準備をしておく。
そして…

「GO!!」

試合が始まった。
開始直後、すぐさま弾幕を張る。
相手の動きを制限するように広範囲にばら撒く。
そこに、相手を的確に狙ったショットを織り交ぜる。

…どうだ?

弾を撃ちながら梨紗の様子を見る。

「!」

梨紗は軽くステップを踏みながら軽々と弾を避けて見せた。
…なるほど、流石はゲーマーってところか、動き回るのが不利だってよくわかってる。

「そんなもんか?サイ。こんなんじゃ私は倒せないぜ!」

サイ…XIというのは私のプレイヤーネームだ。
シヅルのローマ字表記の頭、SIをサイと読み、SをXに置き換えた。

「じゃあ今度はこっちから行くぜ!」

梨紗が手を前にかざすと、そこに大量の魔法陣が現れた。

「ッ!…まさか!」
「あぁ、そのまさかだぜ!」

マズい…!
あれは…!!

足を限界まで使って横に跳ぶように走る。
その場から一刻も早く離れようと必死に走る。
くっ!これじゃ遅い…!
空を飛ぶ要領で横移動も付加し、がむしゃらに速度を稼ぐ。

「いくぜ!マスタースパアァァーク!!」

全ての魔法陣が爆ぜるように輝いた瞬間…

ドオオォォン――――

すぐ後ろを高密度の何かが覆い尽くした。
その圧力に押され、限界まで速度を得ようとした体が更に速度を増す。
そして、その速度を制御しきれなくなった体が地面に落ちていく。

ドッ
「ぐッ!」
ゴロゴロゴロ…

無惨にも地に落ちた体が勢いよく転がっていく。
その回転の勢いを使って起きあがり、すぐさま体勢を整え、木の多いところに逃げ込む。
さっきまで自分がいたところを見ると、そこにあったはずの木が幹を残して消し飛んでいた。
…なるほど、これじゃ盾になんかならない。

「おぉ、できたできた!いやまさか本当にできるとは思わなかったぜ。」

はっはっはっ、と豪快に笑いながら梨紗が得意げに言ったのが聞こえた。

……やってくれたわね。

大きく手を広げて、周りの空間全てに意識を集中する。
四方八方に大量の魔法陣が浮かび上がる。

「ハッハッハっは…は…?あ…あれ?もしかして怒った…?」
「なに言ってんスか、私キレさせたら大したもんスよ。」
「口調がいつもと違うのぜ…。」

何の合図もなく魔法陣を解放する。
大量の弾が梨紗めがけて飛んでいく。

「うお!ちょっまっ!多方からとか自重しろよ!!」
「初っぱなから自重しない奴に言われたくない!!」

梨紗は初めほど余裕無く、どちらかというと必死に避けている。
…………
楽しい…。

「ニヤケてんじゃねーよチクショー!!」

おっと、無意識にニヤケていたか。

「くそッ!やられてばっかだと思うなよ!!」

梨紗が走りざまに魔法陣を設置していく。
そこから星形の弾がこちらに向けて放出される。
しかしやはり余裕がないようだ、その狙いは甘く、最小限の動作で避けられる。

「そんなもんなの?魔理沙。こんなんじゃ私は倒せないわよ!」
「うるせーマネすんじゃねー!!」

必死になってそう言う梨紗を観察しながら、更に魔法陣を増やしていく。
梨紗の弾幕も徐々に強くなってきたが、その狙いはまだ甘い。
横に小走りに移動しながら避けていく。

「そろそろ限界なんじゃない?いい加減当たっちゃいなさいよ!」
「余裕かましてんじゃねーぜ!食らえ!!」

梨紗が一度に八つの魔法陣を設置した。
そして、そこから一斉に星形の弾幕が発射される。

「甘い!」

横に大きく移動して避ける。

「そんな自機狙い当たらな…!」

ドッ――――

「い…?」

肩が何かに当たって急に体が止まった。

「かかった!これで終わりだぜ!!」

まだ状況が把握できないまま、ただ拙いことになった事だけは理解した。

「くッ…!」

やらなければやられる…!

今まで設置した全ての魔法陣を一気に解放する。

「「死ねええぇぇ!!!!」」

目の前が光に包まれた。
そして次の瞬間、私は空を見上げて倒れていた。

「…………」

体に力が入らない。
痛みはないようだ。

「……負けた、か。」

頭だけ動かして周りの様子を見てみる。
私の横には、無数の穴が開いた大樹が佇んでいた。
…なるほど、知らない間にこの木に誘導されていたわけか。
私としたことが、なんという凡ミス…完敗だわ。

「Now contest…」

機械音声で判定が下される。
こんな状態なのだ、私の負けは確定だろう。

「……DRAW」

…え?

「引き…分け…?」

訳も分からないまま視界が暗転し、初めにいた部屋に戻された。
体も動くようになっている。

ピリリリリ…
「ん…?」

梨紗から通信が入った。
操作パネルの応答ボタンを押す。

「よう。まさか引き分けで終わるとは思わなかったぜ。」
「…完全に私の負けだと思ったんだけど…。」
「それはこっちのセリフだぜ、さすがにあの密度で全方位から撃たれちゃ避けようがない。」
「あんなのただ悪足掻きしただけ、誘導に気付けなかった私の負けだわ。」
「いや、あんな遠隔で魔法陣設置できる時点でお前の勝ちは決まってたようなもんだぜ。私なんて手の前にしか置けねーもん。」
「…………」
「…………」

なぜかお互いのことを誉めあってしまった…。

「クッ……」
「フッ……」
「「アッハッハッハッハッ!!」」

たまらず吹き出してしまった。
しかも二人して。

「ふふっ、何やってんだか。」
「ククっ、ホントだぜ。ってか死ねーって!」
「あんたも言ってたじゃない。」
「仕方ねーだろ、必死だったんだから!」
「まあ、必死だったら普通言っちゃうわね。」
「…………」
「…………」
「「ないない。」」

二人で同時に否定する。
こういう無駄なところで息が合うのが面白い。
これだから梨紗と付き合うのはやめられない。

「んじゃそろそろ出るか。」
「そうね、後もつかえてるだろうし。」
「そこは気にしなくていいぜ。対戦中以外はリアルタイムの10倍の速度で処理されてるからな。」
「なるほど、脳波で直接処理してるから高速処理できるってわけね。」
「そういうこと。んじゃまた外で。」
「ええ。」

通信を切り、操作パネルのログアウトボタンを押す。
部屋が無くなり、感覚がリアルに引き戻される。
ヘルメットをはずし、エントリーカードを引き抜いて筐体の扉を開ける。

ざわ…ざわ…

「…?」

…なんだろう、やけに静かというか、…注目されてる…?

ガチャ

隣の筐体から梨紗が出てきた。

ざわ…!
「さっきマスパ撃った奴だ…!」
「なんか実物も魔理沙っぽくね…?」
「いや、そんなことよりさっきの遠隔設置…あんなことできんのか…?」
「いや、俺もさっきやろうとしたけどあそこまで遠くには置けなかった…」

段々騒がしくなってきた。
何やら私達の試合について話題になっているらしい。
…そんな珍しいものだったのだろうか?

「やっぱおもしれーな、カオステ!こりゃずっとやってても飽きないぜ!」

注目されているのに気付いていないのか、梨紗は意にも介さずいつも通り話しかけてきた。
とりあえずなぜ話題になっているのか訊いてみよう。

「…私達の試合、何か珍しいことあった…?」
「ん?あぁ、そうだな。さっきも言ったとおり、お前の遠隔設置はなかなかできたもんじゃないぜ?
あとさっきのマスパも大量の魔法陣維持しながらタメなきゃいけねーからけっこー集中力要るし。
まぁギャラリーの言ってるとおり、そうそうできるもんじゃないぜ。」

…注目されてるの気付いてたか…。

「そうなんだ…。なんか注目されちゃって恥ずかしいわね…。」
「そうか?こんなもんだろ。ってかお前今まで何やってても注目されてたくせに今さらなに言ってんだよ。」
「……そうなの?」

全然気付かなかった…。

「……器がデカいというかなんというか…さすがだぜ。」
「…バカにされてるような気がするのは気のせいかしら?」
「おぉ、よくわかったな。」
「OKちょっと向こう行きましょうか。」
「目が恐いのぜ…。」

その後、あらゆる対戦ゲームでフルボッコにしてやったのは言うまでもない。
そして、程々のところで切り上げてご飯を食べ、例の店のケーキを買って帰った。
梨紗は「家帰るまでガマンできねーぜ!」とか言って歩きながら食べてしまったが…。

途中で梨紗と別れ、家路につく。
ゆったりとペダルを漕ぎ、生暖かい風に不快感を覚えつつも明日から何をしようかと胸を躍らせる。
とりあえず今日は疲れた。
帰って寝よう。
生暖かい風を切ってアパートを目指す。





翌日、私は朝からぶっ通しで東方紅魔郷をプレイしていた。
紅魔郷をプレイするのはいつぶりだろうか。
確か、学校がある内はそんなに時間が取れないからと放置したのが一年半くらい前。
それからは時間が無くてもできる格ゲーや音ゲー、長期休みに入ったらそれまで積んでいたRPGやノベルゲームと、シューティングゲームには手を着けていなかった。
そのおかげで、かなり腕が鈍ってしまった。

「…っ!…また凡ミス…。」

昔と比べて格段にレバー捌きが悪くなったわね…。
とりあえず後少しでEXステージクリアなんだけど…。

移動量が多すぎたり少なすぎたり、以前では考えられないようなミスが目立つ。

「…このままやってても埒があかないわね。」

だんだん飽きてきたし。
とりあえず紅魔郷は一旦終了。
リハビリがてら他のやろう。
さて、何やろうかな?
やっぱり順番的に妖々夢?
いや、敢えて新作に手を出すか…

そうして悩んでいると、不意に昨日のカオステの試合を思い出した。

…………
魔理沙フルボッコにしたいなぁ…。

「よし、永夜抄やろう。」

明らかに意味不明な理由でやるタイトルを決定。
以前パソコンを再インストールしてしまったので、もう一度インストールし直す。
インストール終了までに少し時間があるので、何か飲んでこよう。
そう思って立ち上がったとき――――

…ポン

「ん…?」

エラー音…?
どういうことだろう…インストールミス?

画面を覗いてみるとそこにはリードエラーの表記がされていた。

CDに傷でも付いてるのかな…?

そう思い、記録面を見てみる。
しかしこれと言って異常は見あたらない。
さっき紅魔郷をインストールしたときは問題なかったので、ドライブは異常ないはずだ。
とすると、目に見えないくらいの傷か…メンドクサイな…。
でもこのままにしておいてもしょうがない、気付いたときになんとかしないと悪化する。

「ハァ…」

仕方ない、視てみよう…。

意識を集中する。
以前CDドライブを視たことがあるので、その構造を自分の中にシミュレーションする。
あとはディスクの記録面の凹凸を視て構築し、自分の中の仮想ドライブにかけてみれば、どこが悪いのか自ずとわかる。

ディスクを手に取り、そこに”氣”を通す。
その瞬間――――

ズ…

「…?」

空間が歪んだ感じがした。
…いや、歪んでいる!?
解析を中断して周りを見てみる。
すると、視界がブレ、音はラジオのように歪み、地の感覚は段々と稀薄になっていった。

「くッ…!」

何だっていうんだ!?
いったい何が起こっているんだ!
とりあえずこの状況を把握しなければ…!

意識を周囲の空間全てに集中し、今起こっている状況を”解析”する。

「な…!?」

その空間には、今まで視たことのない”氣”の奔流が渦巻いていた。
それは私を包み込むように流れ、完全に包囲していた。
逃げ場などどこにも視えない。

「くそッ!」

原因はなんだ!?
この渦はどこから来ている!?

奔流の流れを辿る。
そこには――――

「…!…CD…!?」

…まさか、私が”氣”を通したときに…!

「…マジックトラップ!?」

魔力に反応して発動する魔術…マジックトラップ…漫画やラノベとかではよく見かけるが、実際にあるものなのか…!

そうこうしている内にも渦は大きく、激しくなり、自分を取り巻く世界を埋め尽くしていく。
すでに視界は閉ざされ、音は聞こえず、地の感覚はなくなっていた。
わかるのは自分の存在だけ。

「…………!!」

私は為す術もなく、その渦に身を委ねるしかなかった。
そして、自分の存在すらもわからなくなりかけたとき

カッ――――

不意に視界が光に包まれた。

「…つッ!」

急に感覚が戻ったせいか、光の刺激で目に痛みが走る。
感覚も戻ったようだ、涼しい風が気持ちいい。

…………

風…?

今まで部屋の中にいたはずなのに…。

徐々に目の痛みが引き、視界が戻る。
早く状況を把握しようと、痛みが引ききらないまま目を酷使する。

「……ぇ…」

視界に飛び込んできたのは、緑の覆い茂った木々…そう、例えるなら昨日のカオステの森林ステージ…。
どうやら、あのマジックトラップは魔力を通した術者をワープさせるものだったらしい。

「ハァ…」

参ったな…それくらいしかわからない…。
とりあえずここが何処なのかわからないことには動きようもない。
近くに何か、情報収集できるような物はないだろうか?

地面に手を触れ、地表に”氣”を通す。
視界の届く範囲内は無視し、木々に隠れた所から何かないか視る。

…………

遠くを視るにつれて段々イメージがボヤケてくる。
…そろそろ限界か。

「……ん。」

半ば諦めかけていたとき、ハッキリとは視えないが確実に自然にできたとは思えない物があった。
解析を終了し、その方向に向かって歩き出す。
感覚からして、1kmくらいか。
辺りに注意しつつ、目的地を目指す。

「…………」

それにしてもさっき解析したとき、明らかにいつもと感覚が違った…。
地面に流れている”氣”が、尋常じゃないくらい濃い。
それは大気も例外ではなく、常人なら間違いなくあてられてしまうだろう。
場合によっては発狂してしまうかもしれない。
以前、梨紗が何を思ったのかいきなり「心霊スポット行ってみようぜ!」とか言い出したので行ったことがあるが、そこもこんな感じだった。
おそらく、”氣”によって制御しきれなくなった脳が幻覚を見せ、それを霊だと思い込んでしまうのだろう。
しかもここはそれと比べものにならないくらい濃い。
普通はこんなところに一時間でもいれば正常な思考ができなくなるだろう。

「…………」

なんて所…。
流石に私でも長くいるのは疲れる。
早く休めるところを確保しないと…。

そう考えながら歩いていると、目的の物が見えてきた。

「これは…」

どうやらログハウスのようだ。
今でも使われているのだろう、そこまで汚くはない。
とりあえず誰かいないか確認してみよう。
”力”は…使わないでいいか、疲れるし。

入り口の階段を上り、ドアのノッカーを鳴らす。

コンコン――――

…………

応答がない。
留守かな?
もう一度…。

コンコン――――

…………

物音がしない。
何となく人がいる気配がないように思える。
…これは完全に留守だな。

そう諦めたとき

「ウチに何か用かい?お嬢さん。」

不意に後ろから声をかけられた。
このキザな台詞と聞き覚えのある声は…

「梨!…さ…?」

あれ…?
梨紗は確か茶髪だったはず…。
こんな金髪じゃなかった…。
これじゃまるで…

「ん?マが抜けてるぜ?私は魔理沙、霧雨魔理沙だぜ。」

そう、魔理沙、大きなリボンが付いた特徴的なとんがり帽子とフワッとしたスカート、それに片手に携えた竹箒…どこを取っても魔理沙にしか見えない。

「……髪、染めた?」
「お?紙なんか染めてないぜ?色紙なんか使いにくいだけじゃねーか。」

…別にボケで言っているわけではなさそうだ。
というか、以前梨紗が髪色は地で、気に入ってるから染めないって言ってたし。
じゃあ本当に魔理沙…?

「そんなことよりお嬢さん、見ない顔だな、どこから来た?」
「え…どこからって…」

…………。
わからない…。
いや、厳密に言えばわかるが、ここが何処なのか解らないことには説明のしようがない。
駄目だ、まずは情報を手に入れないと…。

「…その前に教えてほしいことがあるんだけど、いいかしら?」
「ん、なんだ?」
「ココは何処なの?」
「ここは魔法の森だぜ。」
「魔法の…森…。」

魔理沙が住んでいるのは魔法の森…。
もし魔理沙の言うことが本当だとしたら、私は幻想郷に飛ばされたことになる。
幻想郷…東方Projectの舞台…本当にあったのか…。

「さぁこっちは答えた。次はお嬢さんの番だぜ。」
「……もし本当にここが幻想郷だとしたら、”外”から来たと言えばいいのかしら…。」
「”外”?…”外”…か、なるほどな、どうりで見ない顔だと思ったぜ。」
「え…?」

魔理沙はさも当然であるかのように頷いた。

「…そんなにあっさり納得できるの?」
「ああ、そうそう珍しいことでもないからな。というか、最近は多すぎて困ってるくらいだぜ。」
「そうなの…?」

…私が飛ばされたのは珍しいことじゃないのか…。
所謂神隠しというものだろうか、まさかこういう真相だったとは…。

「まったく、紫にも自重してもらいたいもんだぜ。いつも外から人間連れてきては放置しやがって。面倒みるこっちの身にもなってほしいぜ。」
「…スキマ移動?」
「そうそう、やっぱり知ってたか。最近外から来る奴は大体こっちのこと知ってるんだよな。知らない内に見られてるみたいでぞっとしないぜ。」
「…なんかごめんなさい…。」
「ん?ああ、いいっていいって。説明しなくて済むしな。とりあえずこんな所で立ち話もなんだし、上がってけよ。どうせ行くあてもないんだろ?」
「そうね、そう言ってもらえると助かるわ。」
「おう。あ、そういえば名前聞いてなかったな。」
「あぁ、私は紫鶴、御柳紫鶴(みやなぎしづる)。」
「シヅルか、OK。これから短くない付き合いになるだろうからよろしくな。」
「ええ、こちらこそよろしく。」

魔理沙はにっと笑うと、家の中に入っていった。
それに続いて玄関をくぐる。

「へぇ…案外綺麗にしてるのね。」
「む、失礼だな。私ゃどういう印象だったんだ?」
「あ、ごめんなさい。もっと大雑把な性格だと思ってた。」
「ホント失礼だな…まぁ大雑把とはよく言われるけどな。」

魔理沙はククッと含み笑いをした。
…こういう細かい仕草まで本当に梨紗と似ている。

「今から飯作るんだが、食うか?」
「え…?」

あぁ、そう言えば朝から何も食べていなかった。
なんか考えたら急にお腹が空いてきた…。

「…お言葉に甘えさせていただこうかしら。」
「おう、そうしとけ。」

そう言うと、魔理沙は台所に入っていった。

…………。

手持ち無沙汰ね…。
今の内に情報を入手できないかしら?

「ねぇ、何か本とかない?幻想郷について少し調べておきたいんだけど。」
「本なら廊下の奥に書斎があるぜ。」
「そう、ありがとう。」

そう言って書斎に向かう。
廊下の突き当たりの扉を開くと、古書の独特な香りが漂った。

「ここか…。」

部屋の中には大量の本が所狭しと置かれていた。
本棚に入りきらない本は床に積み上げられ、足の踏み場をなくしていた。
廊下は綺麗にしているようだが、なるほど…部屋の中は煩雑なのか。

とりあえず地理を把握しないとどうにも動けない。
地図を探そう。

気を取り直して本棚を眺めてみる。
幸い言語は外と共通らしい、日本語や英語等で書かれた本が並んでいた。
その中から歴史書を手に取り、地図を探す。

パラパラ…

「……ん、あった。」

幻想郷の簡易地図だろうか、主要な地名が記された物が見つかった。
魔法の森、人里、迷いの竹林等、大雑把にだが描かれている。
まぁ、細かいところは魔理沙に訊けばいいだろう。

歴史書を棚に戻し、今度は魔道書を探す。

現状では私は解析しかできない。
仮に妖怪にでも襲われたら抵抗する術がない。
少しでもいいから抵抗手段を持った方がいい。
ここは魔法使いの家、魔道書くらいあるだろう。

書斎の一番奥に進むと、明らかに難しそうな分厚い本が並んでいる棚を見つけた。
その本達はどれも異常な”氣”…いや、ここでは敢えて”魔力”と言うべきか、それを帯びていた。

「…………」

さて、どうしたものか…。
もしかしたらこの中にはマジックトラップがかけられている物もあるかもしれない。
もうあんなのは懲り懲りだ。

「…………」

…仕方ない、これも後で魔理沙に訊こう。

ドッドッドッ…

そう思って引き返そうとしたとき、廊下を誰かが走る音が聞こえた。

ガチャッ!

「言い忘れてた!一番奥の棚には触るんじゃないぜ!?何が起こるかわかんねーから!」
「分かってるわ。」
「え?…あ、それならいいんだが…。」

魔理沙は呆気にとられたような顔をしている。
まるで触らなかったのが不思議だというように目を丸くしている。

「おかしいな…誘惑の魔術がかけられてるのも結構あるはずなんだが…。」

魔理沙は顎に手を当てて首を傾げた。

「…まぁいいや。飯できたから来いよ。」
「ええ。」

書斎を出てキッチンに向かう。
だんだんいい香りが漂ってきた。

「この香り、肉じゃが?」
「ああ、せっかく客人もいるわけだしな、ちょっと腕を振るってみたぜ。」

これまた意外な…。
いや、意外でもないか。
確か随分前に梨紗も料理は得意だって言ってた気がする。
そうは見えないとからかったら拗ねていたなぁ。
懐かしい。

キッチンのテーブルには、素朴なデザインの食器が並べられていた。

「んじゃ今用意するからちょっと待っててくれ。」

魔理沙はそう言うと、台所の奥からお釜と鍋、あとキノコスープを持ってきた。

「ちょっと多めに作ってあるから好きなだけ食っていいぜ。」
「…なんか悪いわね、何もせずに頂いちゃって。」
「ん?あぁ、いいってことよ。私がやりたくてやってることだしな。」

魔理沙は笑顔でそう返した。

こうやってさりげなく面倒を見るのも梨紗と似ている。

「全く…どこまで似てるんだか…。」
「ん?なんか言ったか?」
「気にしないで、独り言だから。」
「?…まぁいいや。んじゃ食おうぜ。」
「ええ、いただきます。」
「おう、召し上がれ。」

肉じゃがを口に運ぶ。

「ん…美味しい。」
「口に合うようでよかったぜ。」

魔理沙が作った肉じゃがは、素朴な懐かしい味がした。
この味、いいなぁ。

「あなたをお嫁にもらう人は幸せ者ね。」

ブッ!

あ、吹き出した。

「い、いきなり何言い出すんだよ!」
「正直な感想を言っただけよ。こんな美味しい料理を毎日食べられるんだもの、少なくとも私だったら幸せだわ。」
「……おまえ霊夢みたいだな。」
「え?」
「霊夢も初めて私の料理食ったとき同じようなこと言ってたぜ…。別にそんな特別なもんでもないと思うんだがなぁ。」
「そう、じゃあつまりそういうことよ。あなたをお嫁にもらう人は幸せ者。」
「だから嫁とかそういうのは…!」
「あーはいはい、まだ魔理沙には早いわね。」
「む〜」

むくれてしまった。
全く、梨紗もそうだけど何でこんなに可愛いんだろう。
いつもは大人ぶってるくせに、色恋沙汰になるととたんに子供っぽくなる。
食べてしまいたい。

「……なにニヤケてんだよ気持ち悪い…。」
「ふふ、ごめんなさい。」
「まったく霊夢といいお前といい、つかめない奴だなぁ。」

そう言って魔理沙は食べるのを再開した。
私もそれに倣って食べ始める。
…うん、やっぱり美味しい。
私は話すのも忘れて味わった。



「ごちそうさま。」
「おう、お粗末様。これからどうするんだ?」
「そうね、どうしようか…?」

いきなり飛ばされてきたわけで、もちろん目的も何もない。
幻想郷に来たら何をすればいいかもわからないので、どうしたらいいかわからない。

「…特に何も予定がないなら、とりあえず霊夢に挨拶しとくか?」

幻想郷の大結界を管理する博麗神社の巫女、博麗霊夢…。
その大結界を越えてやってきたわけだから挨拶に向かうのは道理…か。

「…そうね、どうして私がこっちに飛ばされたのかも訊きたいし、それが妥当かしらね。」
「じゃあ早速向かうか。」
「ええ。」

魔理沙の家を出る。
日の傾きを見るに、まだ二時といったところか。

「さぁ行くぜ。後ろに乗りな。」

魔理沙は宙に浮いている箒に座りながらそう促した。

「…これ結構細いけど痛くないの?」
「大丈夫大丈夫、とにかく乗ってみな。」

少し不安を抱きつつ箒に座ってみる。

「…!」

体が浮いている…。
なるほど、触れているモノを浮かせる効果を付加しているのか。

「へぇ、面白いわね…。」
「この箒には触れているモノを浮かせる魔法と推進の魔法がかけてあってな、遠出するときには便利なんだぜ。」
「ふーん…いいわね、今度私にも教えてくれないかしら?」
「いいけど、使うにはそれなりの適性が必要だぜ?」
「それに関してはご心配なく、こう見えても少しはそういったことに通じてるから。」
「そうなのか?まぁいいや、じゃあ後で帰ったら教えるぜ。」
「ありがとう。」
「それじゃ行くぜ。しっかり箒につかまってろよ?」

魔理沙がそう言うと、箒が浮かび上がり、勢いよく飛び出した。
木の上ギリギリを一直線に飛んでいく。
しばらくすると、ふと空気が軽くなったような気がした。

「ん…魔法の森を抜けた?」
「お、よくわかったな。今んところが魔法の森の境界だぜ。」

やっぱり…。
”氣”の濃度が一気に下がった。
まぁそれでも濃いことに変わりはないわけだが…。

「正面に山があるだろ?あそこの頂上あたりに博麗神社があるんだぜ。」
「…結構高いわね。」
「ああ、多分参拝者が少ないのはそのせいだぜ。」

魔理沙はそう言いながら軽快に笑った。

…魔理沙の笑い方は見ていて気持ちがいい。
本当にその時々を楽しんでいるのだろう。
なるほど、これは誰でも惹かれる。
二次設定でいろんなカップリングがされるのも無理はない。

「見えてきたぜ。」

そう言われて山の方を見てみると、斜面に赤い線が見えた。
あれは…

「…鳥居?」
「ああ、博麗神社名物、千本鳥居。昔は外から来る人間は大体あそこから来たんだぜ。」

へぇ…あの鳥居が現世とのパイプラインってことか。

「それが今じゃ紫のせいで外から人が来放題…鳥居の意味なくなっちまったぜ。まぁどうでもいいんだけどな。」

八雲紫…スキマ妖怪…。
博麗霊夢と共に幻想郷の大結界を管理する者…。
その言動は何を考えているのか伺うことができない…か。
しかし仮にも大結界を管理している者…何の考えもなく手当たり次第に外から人間を連れてくることなどあるのだろうか…?

そんなことを考えているうちに、博麗神社に到着した。

「さぁ着いたぜ。」
「これが…博麗神社…。」

広い…。
境内は綺麗に掃除され、神々しさが感じられる。
本殿は一般的な神社より大きいのではないだろうか。
よく貧乏とか言われているが、そんなことはないだろう。

「さて、霊夢はどこにいるかな…。おーい霊夢ー!」

ガタ…

ん…本殿の方から物音…。

「あー魔理沙ー、いいところに来たわー!ちょっとこっち来てー!」

本殿の方を見ると、賽銭箱の裏から手を振っている影が見えた。

「ん?どうしたんだ…?」
「さあ…?行ってみましょう。」

賽銭箱に向かうと、そこにはうずくまって何かしている霊夢の姿があった。

「何してんだ?」
「賽銭箱の鍵開けようとしてるのよ。でも鍵が回んなくて…!」

霊夢は必死に南京錠を開けようとしている。
しかし鍵はびくともしない。

「どれ、貸してみ。」

魔理沙が試してみる。

ガチャガチャ…

「んー…確かに回んねーな…。錆び付いてんのかな?」
「そんなバカな、この間は普通に回ったわよ?」
「んー…じゃあなんか詰まったんじゃないか?」
「私もそう思って針で鍵穴ひっかいてみたけど駄目だったわ。」
「むぅ…そうなるともうお手上げだぜ…。壊すしかないんじゃないか?」
「イヤよ、鍵もそんな安くないんだから。」
「じゃあどうすんだよ?」
「それがわからないから困ってるんじゃない…。」

だんだん収拾がつかなくなってきてる気がする…。
霊夢はとにかくお金を使いたくないらしい。
となると、鍵を直すか、鍵を壊してそのまま鍵なしでやっていくかのどちらかになる。
さすがに後者は有り得ないだろうし、直せる物は直した方がいい。
私が”視”てみればあるいは…。

「……ちょっといいかしら。」
「ん、どうした?」
「私にも見せてもらっていい?もしかしたらなんとかなるかも…。」

私は今まで壊れた物を見つけては解析し、分解、修理してきた。
なぜそれが壊れているのか、それが気になって仕方がなくなってしまうタチなのだ。
今回もその血が騒ぎだしてしまったというのが本当の理由だったりする。

「…ああ、いいぜ。」
「ちょっと魔理沙、それは私が決めることでしょ?」
「まーまー、断る理由もないだろ?」
「…まぁいいわ。」

魔理沙から鍵を受け取り、鍵穴に挿し込む。

解析開始。

南京錠の構成を確認する。
南京錠は金属製、一般的な物と変わらないようだ。
動作に不要な物体は…ん…。
鍵穴内部に石…変なところに挟まってる…。
なるほど、これはただ針で弄っただけじゃ取れない。

「…原因がわかったわ。」
「本当!?」
「ええ、鍵穴に石が詰まってる。」
「え、でもさっき針で…。」
「普通にやっただけじゃ取れない位置にあるのよ。針を曲げてやれば取れると思うわ。」
「じゃあこの針でなんとかできる?」

霊夢は先ほど使ったであろう裁縫針を取り出した。

「…ん、大丈夫。ちょっと借りるわね。」

針の先端を2mm程曲げる。
そして、南京錠の中を”視”ながら針を挿し込む。
針の先端を詰まっている石に当て、力を込める。
すると、

ポロ――――

石が鍵穴からこぼれ落ちた。

「…取れたわ。」
「え、本当に!?」
「お、マジか。」

針を抜き、鍵を挿して回してみる。

カチャン

小気味いい音と共に南京錠が開いた。

「おお、すごいな。どうや…」
「ほおあああぁぁぁぁ!!開いたーーー!!ありがとう!ホントありがとー!!」

霊夢は私の手を捕んでぶんぶんと振った。
いたた…関節が外れる…。

「そうだ!せっかくのお客さんだものおもてなししなきゃね!お名前は?」
「あ…えっと、紫鶴…御柳紫鶴。」
「紫鶴さんね!あなたとはいいお友達になれそうだわ!」
「は…ははは…」

そう言うと、霊夢は私の手を引いて母屋の方へ歩き出した。

「……なんなのぜ……」

魔理沙がぼそりと何かつぶやいた気がした。



「さあ上がって。今お茶煎れるからそこの部屋で待ってて。」

母屋に着くと、居間に通された。
居間は広く、大きめのちゃぶ台が置かれていた。
その周りには5枚ほど無造作に座布団が敷かれている。
…誰か来ていたのだろうか?

「お邪魔するぜ。」

少し遅れて魔理沙が入ってきた。
ここには来慣れているのだろう、まっすぐ居間に入ってきた。

「あれ、昨日から座布団出しっぱなしかよ。おーい霊夢ー、座布団くらい片付けろよー。」
「いつも誰かしら来るんだものー、片付けても意味ないじゃなーい。」

…どうやら誰か来ていたのは昨日だったようだ。

「まったく…あいつ最近だらしねーな。前まで出したもんは片付けろってうるさかったのに。まー楽だからいいけど。」

そう言いながら、魔理沙はちゃぶ台の一角に座った。
私もそれに続いて適当な位置に座る。

「ん…?」

ちゃぶ台の横に新聞が落ちている…。
これは…

「文々。新聞…」

烏天狗、射命丸文が発行している新聞…。
意外にもしっかり印刷がされている。
幻想郷の技術力的にどうやっているのか気にはなっていたが、まさか印刷ができるとは…。
河童の技術というやつだろうか…。

「お、新聞か。そういえば今日はまだ見てなかったぜ。何が書いてある?」

えっと、一面に書いてある内容は…

「…『幻想郷、外来人でパンクか?』…」
「あぁ、最近多いからな…。確か千人超えてるんじゃなかったっけ?」
「ここには1600人を超えたって書いてあるわね。」
「もうそんなか…それじゃそろそろ厳しいな…。紅魔館ももういっぱいいっぱいらしいし、人里も限界だろうしな。」

紅魔館…吸血鬼、スカーレット姉妹の館…。
とても普通の人間が住めるようなところじゃないと思うんだが…。

「…紅魔館ってそんなに受け入れてるの?」
「ああ、結構いるぜ。まぁ主人が主人だから常人はいないけどな。」

なるほど、”普通じゃない”人間が住んでるわけか…。
気にはなるが、あまり近寄りたくはない。

「しっかしなんでまたこんなに外から人間連れてくんのかねぇ、あの妖怪は。」
「暇なんじゃないの?最近何もなくてつまらないって言ってたし。」

霊夢がお盆に急須と湯飲みを乗せてやってきた。

「暇だからって無闇やたらと連れてこられちゃたまらないぜ。」
「ま、今に始まったことでもないし、諦めてるけどね。」
「おいおい、そこ諦めていいところかよ…。」
「いいのいいの。それより今日は何の用?」
「ああ、今日は紫鶴の付き添いでな。あとこれ差し入れ。」
「ありがと。いつも悪いわね。」

魔理沙はナプキンに包まれた箱を霊夢に渡した。
あれは…さっきの料理の余りだろうか。

「こいつもついさっきこっちに来たらしいぜ。」
「ふーん、やっぱり…。服装がこっちの物じゃないからそうだと思ったわ。」

霊夢がこちらをまじまじと見ている。

「とりあえず改めて初めまして。私は博麗霊夢、この神社の巫女よ。」
「ええ、初めまして。私は御柳紫鶴、さっき現世から魔法の森に飛ばされてきたわ。」
「へぇ、魔法の森にねぇ…。よく無事だったわね。」
「魔理沙の家が近くて助かったわ。何もなかったら今頃どうなっていたことか。」
「確実に妖怪の餌食だぜ。」
「またあんたはそういうことを…。」
「別に構わないわ、実際そうだろうし。」

魔法の森は妖怪の巣窟…もし魔理沙の家からもう少しでも離れていたら森をさまよい、挙げ句は妖怪に出くわしていただろう。
そうなれば今の私にはどうすることもできない。

「それで何か抵抗手段が欲しくてさっき魔理沙の家で魔道書読もうとしたんだけど、マジックトラップがありそうだったから手を付けられなかったわ。」
「…なあ、さっきから気になってたんだが、お前なんか能力あるよな?魔道書といいさっきの鍵といい、普通じゃできないことだぜ。」
「え…あぁ、そういえば言ってなかったわね。私は触れているモノの構造を”氣”を通して”視”ることができるのよ。」
「構造を…視る?」
「ええ、目に見えないモノでも頭の中でイメージとして視ることができるの。これは他人の考えていることでも同じ、氣を通すことさえできれば何でも視えるわ。」
「へぇ…それは魔力も視えるのか?」
「ええ、視えるわ。でもそれには氣…つまり魔力を通す必要があるからマジックトラップがあると発動しちゃうみたい。だからあの魔道書は肌で感じ取った魔力がすごかったっていうだけで、実際に視たわけじゃないわ。」
「なるほどな…それで警戒して触らなかったってわけか。」
「鍵はそのまま、中身を視たってことね。」
「そういうこと。…それでちょっと霊夢に訊きたいことがあるんだけど、八雲紫のスキマはマジックトラップの類じゃないわよね?」
「え?…ええ、あれは紫自身の能力であってそういうものじゃないけど…どうして?」

…やはり違うか。

「…私がこっちに来るとき”明らかにマジックトラップが発動した”のよ。」
「…!」
「なんだって?じゃあお前に関しては紫が連れてきたわけじゃない…と?」
「そういうことになるわね。とすると、誰が何の目的で私をこちらに連れてきたのかが気になるだけど、何か知らない?」
「……知らないわ。」

ん?
今の間は…?
気のせいかしら…。

「…そう。ま、知っても意味ないからいいけど。」
「でもそれってつまり外からこっちに来る効果のマジックトラップを誰かが作ったってことだよな?霊夢が知らないってことは大結界を無視してるってことになる。…これはなんか臭うぜ…。なぁ霊夢?」
「…そう気にすることでもないでしょ。」
「あれ?これは意外。とても異変解決屋の霊夢さんの言葉とは思えないぜ。どうしたんだ?」
「別に…勘に引っかからないだけよ。」

…それで無視していい問題なのだろうか?
それじゃあ結界の意味がない気がするんだが…。

「…まぁ、霊夢がそう言うんだったらそうなんだろうな。」
「そんなんでいいの!?」
「…いいツッコミね。」

……思わずツッコんでしまった…恥ずかしい…。

「まぁ霊夢の勘は信じていいぜ。なにしろ今まで外れたことはないからな。」
「外れたことがない…?」
「ああ、今まで起きた異変全て察知して解決に向かってるし、小さいことでもいろいろと当てるんだぜ。だから霊夢に隠し事しようとしても無駄だぜ。」
「それはそれで恐ろしいわね…。まぁいいわ、とりあえず帰る方法はないの?」

幻想郷が実在していたことは興味深いが、いつまでもこちらに留まっているわけにはいかない。
帰る方法さえ解ればいろいろと見て回ることもできるんだが…。

「……ないこともないけど、今は無理ね。大結界の門を開けるにも今は地力が足りないわ。もしすぐに帰りたいなら紫にでも頼んでみたら?」
「…居場所は判ってるの?」
「さぁ?」
「さぁってお前なぁ…。」
「判らないものはしょうがないじゃない。あの神出鬼没のスキマ妖怪よ?」
「まぁそれもそうだが…」
「いいわ、魔理沙。とりあえずすぐには帰れない、帰るなら八雲紫に頼むしかない、と。」

いつでも好きなときに帰ることはできない…か。

「…因みに大結界の門を開けられるのはいつになるか判る?」
「…ごめんなさい、それもまだわからないわ。」
「そう…」
「…神のみぞ知るってやつか。いっそ守矢の神様んとこ行ってみるか?」
「無駄ね、人間一人のために動くとは思えないわ。」

…万策尽きた、か。
これは運が向くのを待つしかないわね。

「ま、帰る方法はゆっくり探していくわ。それまでこっちで魔法の修行するのも悪くないし。今しかできないことをやっておかないと損だしね。」
「お、意外とプラス思考だな。いいねぇ、そういうの好きだぜ。」
「意外とって…まぁとりあえず今後の方針は決まったわね。帰る方法が見つかるまでこっちで生活するわ。」
「…力になれなくてごめんなさい。困ったことがあったらなんでも言ってちょうだい、私にできることなら協力するわよ。」
「ありがとう、そう言ってもらえると助かるわ。」
「でもそうすると住むところがいるな。どうする?ウチに一つ空き部屋あるけど、使うか?」
「そうね…」

これから魔理沙に魔法教わるわけだし、その方が都合がいいか。

「じゃあお言葉に甘えさせていただこうかしら。」
「じゃあ決まりだな。あ、飯は自分でなんとかしてくれよ?作るのメンドいし。」
「…まぁ予想はしてたけどね。でも魔理沙の料理食べられないのは残念かな。ねぇ、霊夢?」

少しニタリ顔で霊夢に目配せする。

「え?…あぁ、そうね。魔理沙のあの花嫁修業修了しました的な料理は毎日でも食べたいわね。」
「うぐ…だから私はそんなん興味ないって…」
「興味なかったらあそこまで上達しないんじゃない?」
「そうね、誰か好きな人に食べてもらいたいとかそういう理由がないと…ねぇ?」
「あれは別に好きな人とかじゃなくて、ただ香霖が食いたいって言ったから…!」
「あれ?霖之助さんって料理できるわよね?別に魔理沙が作る必要ないんじゃない?」
「っ…!!」

お、反論できなくなった。

魔理沙の顔が心なしか赤らんでいるような気がする。
…なるほど、そういうことか。

「…魔理沙は香霖さんが好きなのね。」
「…!!だ、だから好きだから作るとかそんなんじゃねーって…!!」
「あーはいはい、わかったわかった。霖之助さんは別に好きってわけじゃないけど毎朝ごはん作りに行ってるのね。」
「おい霊夢お前ぜってーわかってねーだろ!!」
「わかってるわよ、あんたが霖之助さんにお熱だってことくらい。」
「だーかーらー!!」

魔理沙は必死になって否定している。
しかしそれが返って肯定してしまっているようでなんだか可笑しい。
霊夢はもう判りきったことなのか、ひらりひらりと話を振りながら小突いている。
そんな二人の様子を眺めているだけでも楽しい。
全く、こんなに楽しかったら帰る気がなくなってしまうではないか。
そんな事を思いながら、霊夢が淹れてくれたお茶を啜った。





「さて、日も落ちてきたし、そろそろ帰りましょうか。」
「…あぁ、そうだな。」

外は茜色に染まり、カラスが鳴いている。
結局あの後、魔理沙がむくれたり、昨日誰が来て何をしていたのか聞いたりして過ごした。

こんなゆったりした時間を過ごしたのは久しぶりだ。
こういうのもたまには悪くないかな。

「お邪魔したな、霊夢。」
「ええ、気をつけて帰んなさい。」
「おう、じゃあまたな。」

そう言って手を振りながら、魔理沙は玄関に向かった。
私もそれに続いて行こうとする。

「紫鶴さん。」
「ん?」

部屋を出ようとしたところで霊夢に呼び止められた。

「…今度一人でここに来なさい。あと紫には気をつけて。」
「…?」

何だろう…まるで私だけに話があるような…。
そして八雲紫に気をつけろ?
まるで私が襲われるような言い方…。

「……分かったわ。」

”今度”来いということは、”今”では都合が悪いということなのだろう、ここはあまり詮索しないでおこう。

「じゃあまた今度。」
「ええ、気をつけて…。」

微妙に含みを持たせた言い方に不安を抱きつつ、玄関を出る。

「遅かったな。なにやってたんだ?」

魔理沙はもう箒に乗り、すぐに飛び立てるようにしていた。

「大したことじゃないわ。」

箒の後ろに腰を下ろす。

「ふーん?まぁいいや、んじゃ行くぜ。」

箒が浮かび上がり、勢いよく飛び立つ。
後ろを振り返ると、玄関先に真剣な表情をした霊夢が立っていた。